災害資料データベース

歴史史料から昔の地震のことを知る-災害史料データベース

 近い将来の発生が危惧されている南海地震や東南海地震などの南海トラフで発生するプレート境界巨大地震は、これまでに少なくとも13回あったといわれています。近年の地震については観測記録が残っていますので、それらから地震の発生を確認することができるのですが、古い地震の場合、観測記録は存在しません。では、西暦684年以降、13回という発生の歴史はどのようにして分かるのでしょうか。物理学の難しい数式であらゆるものを解き明かしていくと思われがちな地震学ですが、その手がかりを与えてくれるのは実は歴史史料です。歴史史料には、過去に発生した地震やその他の災害の記録がたくさん残されています。これを調べることで過去の地震の発生パターンが分かり、南海トラフで発生する巨大地震の再来周期といったような重要な情報を得ることができるのです。

 しかし、史料とひとことで言ってもその量は膨大であり、しかも現代語で書かれているわけではありません。ですので、数多くの歴史史料から地震やその他の災害に関する記述を見つけ出すことは容易ではありません。そこで、このような歴史書の記録を紐解いて、過去の災害の履歴をデータベース化し、簡単に見つけ出せるようにすることを目的として、京都大学防災研究所を中心に、京都大学大学院文学研究科などの協力のもと、種々の歴史書からの災害に関する記事の抽出、およびその現代語訳が昭和59年度より進められてきました。そして、平成16年度の科学研究費補助金の交付を受けて、災害史料の公開に向けた、データの電子化作業、検索・閲覧用システムの構築がおこなわれ、2006年8月より公開が開始されました。

 西暦年と対応付けられる最古の地震の記録は、日本書紀の推古七年四月辛酉(かのととり)条にある「七年夏四月乙未(きのとひつじ)朔(ついたち)辛酉、地動(なゐふ)り舎屋(やかず)悉(ことごと)く破る。則ち四方に令(のりごと)して、地震(なゐ)の神を祭(いの)ら俾(しむ)。」という記述です。現代語では「七年(599年)夏四月二十七日、地震があり、住居がすべて倒壊した。そこで朝廷は、国中に命じて、地震の神を祭らせた。」となります。 

 災害に関する記事の抽出は、古代に関しては六国史と呼ばれる日本書紀、続日本紀(しょくにほんぎ)、日本後紀、続(しょく)日本後紀、日本文徳天皇実録、日本三代実録の六つの正史(主に国家によって編纂された歴史書)を用いておこなわれています。日本書紀には神代の記事からありますから、何年以降ということは言えないものもありますが、少なくとも継体天皇の時代(西暦507年)以降の記事は西暦年と対応させて読み取ることができます。最後の日本三代実録は西暦887年までの記事がありますので、507年から887年までの災害の記述が抽出されています。中世になると、正史がありませんので、日本紀略(にほんぎりゃく)、続史愚抄(ぞくしぐしょう)、百練抄、史料総覧より抽出されています。データには、史料名、出典、発生年月日、発生地域名、災害の種類、キーワード、史料(抽出された原文)、現代語訳などが記されています。現在も、抽出作業ならびに現代語訳作業が並行しておこなわれていますので、2006年8月現在、ほぼ現代語訳が付されているものは日本文徳天皇実録までですので、858年までということになります。抽出作業は、百練抄までは完了しています。また、このシステムには通常の検索システムだけでなく、Flash技術を活用した年表形式のビューワも用意されており、視覚的に検索・閲覧していただくことができます。2006年8月現在、13,000件以上のデータが検索可能となっており、どなたでも自由にご利用いただけますので、是非歴史の世界に足を踏み入れてみてください。


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